紀元5世紀頃のブリタニアは、ローマ軍の撤退とそれに伴うゲルマン系アングロ・サクソン族の侵攻激化に晒され、無秩序な、後に「暗黒時代」と呼ばれる時期。 孤児グウィナが働いている南西部の農園は、ブリタニア内で勢力拡大を図るアルトリアス・マグナス(アーサー)率いる騎馬軍団によって突然の襲撃を受けるが、泳ぎの得意な彼女は川に潜って難を逃れた。 下流で岸に上がったものの、行くあてもなく震えているグウィナは、一人の男に拾われる。 男は吟遊詩人のミルディンと名乗り、アーサーの軍団と共に行動しているという。 グウィナの話から、水泳・潜水が達者であることを知ったミルディンは、彼女に奇妙な仕事を命じた。 森の中の湖で、ミルディンが用意した剣を携えて潜り、岸から歩いて来る男に水中から剣を差し上げて渡したグウィナは、後にミルディンから自分の果たした役割りについて教えられるのだが・・・ 湖の貴婦人とカリバーンを始めとして、アーサー王伝説の成り立ちが孤児グウィナの視点から語られていく。 ミルディン、つまりはマーリンがブリタニアの各地を旅しながら物語という形で<伝説の種>を蒔き、アーサーを陰ながら支援しているという、斬新なアーサー王伝説の再話だ。 実在の人物を持ち出す形の再話は珍しくないかも知れないが、本書の最も斬新な部分は、アーサーが酷い奴であるという点で、アーサーと円卓の騎士の実像は、「サクソン族からの保護」を名目に弱小領主達から軍資金や物資を徴発するというギャング団紛いのものとされている。 とは言え、暗黒時代のことであり、アーサー一人が悪者なのではない。 ミルディンは、ローマ軍団の司令官の血統を受け継ぎ、武勇に優れるというアーサーの特性に目を付け、ブリタニア再統一とサクソン族の放逐という自らの夢を彼に賭けたのだ。 孤児の少女の視点を用いることにより、俯瞰的にアーサー王伝説を見直すとともに、アーサー自身を含め、大きな時代のうねりに翻弄される個個人の悲哀を感じさせる歴史物語の佳作。
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